2015年2月11日水曜日

【2015年1月17日 11:00-15:00 於:蟻鱒鳶ル】 岩瀬さんにお会いして





黒いコンクリート 密実な結晶の成長
岩瀬さん、根路銘さんにお会いして
ごうへい
1.はじめ
1月の良く晴れたまだ寒い日、昼前蟻鱒鳶ルに岩瀬さんがいらした。岩瀬さんはコンクリートの現場の専門家で、理論も独自に研究されている方だ。蟻鱒鳶ルのコンクリート表面を慈しむ様に撫でておられたのが印象的である。
「セメントには4つの成分があり、硬化開始・結晶成長速度がそれぞれ違う。表面にガラス質が出来ていれば、固練りのコンクリートが上手く打てており養生も良かったことが分かる」と始まった。これまで私は、セメントとは“サンゴの化石である石灰岩からできており、それを焼いたもの”くらいしか知らなかった。サンゴと言えば、二酸化炭素の多かった原始の地球に、二酸化炭素をカルシウムと共に取り込み、酸素を吐き出した生き物というイメージだった。“ガラス質”という言葉に、海の中にもケイ素は溶けているのかと、ハッと思った。地殻の重量比で、ケイ素、アルミ、鉄が多いことはなんとなく知っていた。脱線するが、土壌の話で、プレート中央付近では、風化が進むと最終的にほとんどのミネラルは溶脱し、鉄とアルミだけになる(フェアリット化)。錆びた鉄の色で大陸は赤いそうだ。インドのある寺院では、土中にある時は柔らかい粘土状の地盤をブロックに切り出し、雨晒しにしておく。すると、アルミと鉄が固まり、他の泥などは流れ出てチーズのようにぼこぼこと穴の開いた軽くて丈夫なブロックなる。それを積んで寺院を作るという話を思い出した。さて、ガラス質と聞いて私は岩瀬さんに「水の中にもケイ素は溶けているのですか」ときいた。岩瀬さんは「水はすごいですよ。あらゆる元素が溶けうる。他にそんな物知らない」とスケールの大きな返答をされた。また、「ひび割れないコンクリートとは、どのくらいの時間が経過してひび割れなかったら、そう言えますか?」と尋ねたら「6年経ってもひび割れなかったら、そう言っていいだろう」と、長い経験に裏打ちされたご返答を得られた。
岩瀬さんは、岡さんが試行錯誤の末、辿り着いた今の蟻鱒鳶ルのコンクリートの強度や経年耐性を評価し、さらに改善の余地があることを指摘された。昼過ぎ、岩瀬さんの両腕と言われる岩瀬さんのご子息と、沖縄で岩瀬さんと協力しながら、黒いコンクリートを打っている根路銘さんという設計の方が来られた。根路銘さんは、蟻鱒鳶ルの打設法を早速参考にすることを岡さんに伝えていた。根路銘さんのお話を伺ううちに、岡式セルフビルドだから辿り着いた打設法が見えてきた。この話は、一度まとめておかなければと思い備忘録を書くことにする。

2.蟻鱒鳶ルのコンクリート改善の余地と強度や経年耐性の評価
黒いコンクリートとは、表面がガラス質で覆われた状態である。表面がガラス質で覆われることは、その後の耐性に有利な寄与をする。このことに岩瀬さんが気づかれたきっかけは、水ガラスをコンクリートの表面に塗ることで、コンクリートがいい状態を長く持つことに気づいた時だそうだ。水ガラスは、本来安いものであるが、需要が少ないため現在は高価であり、良いコンクリートに業界が傾注するようになれば、水ガラスの使用は費用対効果の高いものであるため、原材料も安価になっていくだろうとのこと。黒いコンクリートの表面には、セメントの水和の際に出来る、結晶・非晶質の水和物が在る。そして、その硬度は、鉄を上回りガラスに近いため、釘でひっかいて傷がつくかどうかで、いいコンクリートかどうかを判定する岩瀬さん方式が生まれた。岩瀬さんの判定法には、叩いてみて音を聞くというものもある。このどちら面でも蟻鱒鳶ルのコンクリートは良く詰まっているとおっしゃられた。岩瀬さんの話や本に出てくる、こうした体に近い判定法が好きだ。砂を握って含水率が分かるというのも、是非トライしてみたい。
セメントコンクリートの理想的な硬化とは、骨材間を性質の異なる結晶が、互いに入り組みながら成長し、その間隙が水和状態で密実に結合したものである。その為、水セメント比が重要となる。水セメント比に関しては、岡さんが採用している、およそ37%というものが、未水和の部分もちょっと残った状態で、いい線だそうだ(結晶生成に使われる水が25%で飽和し、40%で水和物が飽和状態になるといわれる)。このちょっと残っているものが、長い年月が経つ中で水が侵入した場合に反応していく。コンクリートが引っ張りに対して強度を示すとしたら、おそらく、この間隙のゲル状の水和物の水素結合が効いてくるのであろう。その為、水セメント比の異なるコンクリートの引っ張り強度は、水セメント比25%あたりから徐々に上昇し40%あたりにピークを持ち、急激に減少するのではないかと予想される。
骨材の配合に関しては、岡さんが採用している3:2:1よりも、粗骨材を増やした4:2:1とした方がより良い(場合によっては6:2:1)。骨材選択は固い方が良く、砕石は骨材同士の接点が面になる可能性があるので、丸いものよりも優れている。セメントコンクリートの強度とはつまるところ骨材の強度であり、セメントは生成時に大量のエネルギーを使用するため、最適な量まで絞るという考えだ。岡さんの石灰岩砕石選択の理由は、不純物混入の可能性が低いこと、セメントの原料だからと聞いた。
打設時には、打継面のレイタンス(浮いてきた不純物)をよくとる。打設中は空気を抜くため、直径5㎝のバイブレータの使用が望ましい。蟻鱒鳶ルの微細な気泡すらも取り除けるといっていた。根路銘さんの現場では、5㎝バイブの作業は3㎝のそれよりも重たく大変なため、現場に出てスタッフ自ら行っているそうだ。4つのバイブレータを使用するためジェネレータも持ち込むそうだ。鉄筋にバイブが触れてしまった場合は、鉄筋から少し離れたところに再度振動をかけることで復旧が可能ということも知った。“灰色のドロドロした硬化前のコンクリートの粒の移動を良くイメージできている”と思った一場面である。振動を与えると、重いもの(骨材)が遠くに行き、軽いもの(セメント)が寄ってくるそうである。その為、薄い壁を打つ場合は、セメントを少し増やすと表面にガラス質ができやすくなる。
型枠と養生で重要なことは、型枠とコンクリートの間に糖が無いようにすること、酸化と乾燥を防ぐことである。型枠に木材を用いる場合、否応なく木材自身が持つ糖の溶出を免れない。それは、型枠が紫外線に晒されることによってより顕著になる。これに対し、型枠とコンクリートの間にビニールを入れる岡式型枠は有効である。型枠の脱型は、少なくとも2週間待ちたいとのこと。結晶の成長が1週間以上たってから始まるものもあるためだ。岡さんは脱型1週間を目処にしていたが、これを機に2週間待つと言っていた。根路銘さんは、2週間後脱型の後に更にビニールを張るという。この話を聞いたときに、岡式セルフビルドだから辿り着いた打設法の軌跡が見えた。次項で詳述する。
おおよそ、以上である。高山建築学校2013において、黒いコンクリートには、打設時の水分条件と型枠の保持期間が大事だということを佐藤研吾のコンクリートを見ながら話をしていた。こうして、理屈がわかると最適な水分条件、最適な養生方法、なんでAE剤が添加されるのか、ポゾリスが添加されるのかが見えてくるのが面白い。
さて、こうして出来たコンクリ―トの強度や、経年変化はどのようになるか。それを知るためには、脱型後コアを抜き、28日後、1年後、10年後にその近傍のコアを抜く。圧縮強度や中性化試験から、既に分かっているグラフにフィットさせる。根路銘さんは、電気屋さんが配管用に抜く3㎝のコアをもらい密度を測っているそうだ。密度は、骨材の密度に近ければ、密実なコンクリートが打てたことを示す指標となる。蟻鱒鳶ルのコンクリートコア抜き試験はぜひ実現させたい。

3.岡式セルフビルドだから辿り着いた型枠
岡さんが採用したビニールを型枠の間に入れる手法は、
・型枠の糖(コンクリートの硬化を妨げる)を防ぐ
・型枠が水を吸うことを防ぎ、養生中の乾燥を防ぐ
・型枠がコンクリートにピタッと張り付き空気による酸化・乾燥を防ぐ
・型枠がコンクリートのアルカリにやられて劣化するのを防ぐ
・ビス山にコンクリートが入ることが減り、型枠の再利用が可能になる
・脱型がスムーズになる
・透明なビニールを使うと、型枠の中に光が入り、上手く詰まっているかが目視できる
と打設・養生に利点がある。
ここで、不思議に思ったことは、型枠脱型後に再度ビニールを張る根路銘さんが、なぜこの方法に至らなかったかである。それは、型枠というものは大工の持ち物であることがおおく、そこに設計者が口を出すことはなかなか容易ではないのだという話を岡さんに聞き、腑に落ちた。そうした背景の中、養生を2週間行うことを実現している根路銘さんは立派だと言っていた。脱型までの期間が延びることは、型枠も痛むし大工さんはなかなかやりたがらないものなのだとも。根路銘さんは、そんな中スラブの底面にビニールを広げる方法は無理なく採用できるとして、岡さん方式を取り入れたいとおっしゃった。
岡式型枠は、やっていることを考えながら実践する試行錯誤の中で、独自の進化を遂げた、セルフビルドが生んだ様式の革新といえる。金沢21世紀美術館で作成されている(RC作成ショウ)コンクリートでは、既に意図して意匠としても用いられている。ビニールを用いた型枠の黒色、つるっとした触り具合と、木片を型枠としたさいの白色と、バサッとした触り具合のコントラストである。
根路銘さんとの話の中で、印象的だったのは脱型後に小さなヒビがあっても、ビニールで養生していると、それが塞がるというものだ。“2週間の硬化後のコンクリートのヒビが塞がる?そんな馬鹿な”と思ったが、コンクリートの結晶の成長が遅いものでは数日後から始まり、数か月にわたって持続するということを知ると納得できる。根路銘さんの現場、いつか見てみたい。

4.おわり
岩瀬さんの本の中で、「水がセメントの反応速度を変える」というコラムが刺激的であった([2] p.64)。セメントサイズを小さくすれば、反応速度が速まる。ならば、水のサイズを小さくしても反応速度が速まるという仮説である。これは研究機関での追試の結果、岩瀬さんが得た結果を得ることが出来ず、仮説のままペンディングされている。水のクラスターサイズを変えるという技法は、まだ科学的な支持を得られていない。岩瀬さんが用いた水の来歴を知らないのだが、水は処理によって硬度0の純水を得ることが出来る。ツェルニンのセメントの化学抵抗性に関する記述の中で、セメント硬化体を溶解する液体の中で、第一に純水が挙げられている([1] p.129)。普通用いる水道水には、多少の石灰が溶けている。しかし、この石灰を除去した水は、空気中の二酸化炭素を吸収し、天然に存在する酸としては、非常にセメントを溶解する能力を持ったものになる(同 p.134)。天然に存在する純水などあるのか?と疑問に思われるかもしれないが、氷河の溶けた水・原成岩山中に湧き出る水などは、石灰の少ない軟水となるそうである。事実、スカンジナビアのダム建設者は、その水のよって浸食された苦い経験を持っているそうである(同p.130)。このことは、空気と水が、石を作る鍾乳洞の不思議や、本備忘録の最初に岩瀬さんがおっしゃられた水の汎可溶性を思い起こさせる。水硬性石灰ポゾランは、名前の由来となったナポリ湾ポゾリで天然に産出される、古くから人とかかわりのあった物質である(同p.178)。そうした天然にあった物質が、地球上にあまねく存在する水と二酸化炭素によって溶解するということは、なんとも清々しいことではないか。話が遠回りになったが、水ひとつ取ってもまだ、セメントコンクリートとの反応に関して考察することは多く、岩瀬さんの実験の結果を、水中の石灰濃度に注目して仮説を立てなおせば実証可能なのではないかと思った次第である。
今回、初めてセメントに関して先導を頂き、いくつかの本を読ませて頂いた。その中で、岡さんが言語化せずに取っている手技が、なんと合理的であるか思い知った。岡さんは、水の浸入を防ぐためにポゾリスを添加したコンクリートを使っている。ポゾランの主成分、ケイ酸は石灰と共に水と反応するとゲル化する。これが、水の浸入を防ぐ。そしてこれは引っ張り強度を持つものである。全く別物と思っていたガラス(非晶質)と、ゲル(ギリシャ語ではコロイドと同義な膠の意味)が混然一体となって不思議な気持ちだ。最後に、ツェルニンと岩瀬さんの本の中から、理論と現場という姿勢をよく表しているなという似た写真を2枚紹介して終わることにする。
左写真 ツェルニンの水ガラス実験 右写真 岩瀬さんの生コン実験

5.添付資料

説明: http://legacy.kek.jp/newskek/2004/julaug/photo/concrete2.gif
図1.セメント4つの成分の結晶構造(左から、珪酸三カルシウム、珪酸二カルシウム、アルミン酸三カルシウム、鉄アルミン酸四カルシウム)[3]から転記

説明: http://legacy.kek.jp/newskek/2004/julaug/photo/concrete3.gif
図2.珪酸三カルシウム(セメントの主成分)の水和反応による中性子回折パターンの時間変化(グラフの横軸は面間隔を表しており、手前から奥に向かって時間が経過している。縦軸は回折強度)[3]から転記
[4]から転記
[5]から転記 再振動締固めっていうものを初めて知りました。ここまでやるのかと驚いた。

参考文献

1.岩瀬さんが4冊も持っているというセメント硬化理論の重要書“今までいかにセメント知らなかったか、そして岡さんはなんと、なんとなくそれを知っているのか”と気付かされた一冊。しかし絶版でネットでは売っていない。いつか見つけたい。
「セメントコンクリートの化学」ツェルニン 徳根訳
2.そして岩瀬さん親子の著書
「図解入門 よくわかるコンクリートの基本と仕組み―発注者も施工者も知っておきたい基礎知識」2010
3.コンクリートはなぜ固まる?    2004.7.15 News@KEK
4.スジョノ A.S. 2 各種クリンカー鉱物の水和反応速度の定式化
5.コンクリートの再振動〜しめ固め〜たたき